大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(う)1774号 判決 1965年3月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役十月に処する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

<前略>

第一  <省略>

第二  昭和三十五年四月三十日付起訴状記載の公訴事実、すなわち鳥飼太三郎名義上申書の偽造等共謀の公訴事実について

右公訴事実は、「被告人は昭和三十五年一月十八日千葉地方検察庁に対し、高橋清男を疑証罪をもつて告発し、右偽証被疑事件は同庁において現に捜査中であることを知りながら鳥飼太三郎と共謀の上、同人名義の内容虚偽の上申書を提出しようと企て、同年二月二十八日ころ船橋市宮本町一丁目五十四番地鳥飼方において

(一)  昭和二十七年七月ころ高橋清男方において武村清次に会つたが、武村は高橋に東京高等裁判所への出頭を依頼しただけですぐ帰つて行つた

(二)  同年八月ごろ再び高橋方に赴いたところ、高橋は「武村から依頼された印判をほつた日時を調べられたが、その日は判然とせず、武村の使用人に聞いたら二十四、五日ころだと言われたのでその通り証言したが、それが間違つていたので警察に逮捕された」と述べていた

旨虚偽の事実を記載した鳥飼名義の上申書を作成し、同月二十九日同庁検察官に対し右上申書を提出し、もつて右高橋清男にかかわる偽証被疑事件についての証拠を偽造し、これを使用したものであるというのである。

原判決は、これに対し、右(一)及び(二)の事項が鳥飼の経験記憶するところと異なること、すなわち真実に反する虚偽のことであること並びにそれが鳥飼がさきに伊能弁護士の許に届けて置いた鳥飼作成名義の上申書を被告人をして借用させたうえ、これを基にして作成し、検察官に提出したものであることは認めることができるが、被告人が右上申書及びその基をなす弁護人あての上申書の各記載事項が虚偽のことであることを認識しながらこれらの作成に関与したことは認めることができないとして、無罪の言渡をしたものである。所論は、これに対し事実の誤認を主張するものである。

ところで、鳥飼が検察官に提出した本件上申書(一)、(二)の各事項は、高橋清男に対する被告人名義の告訴状及びさきに確定した被告人に対する偽証教唆事件の確定判決に対する被告人名義の再審請求書と照合すれば、それが被告人にとつて、右確定判決に示された被告人が高橋清男に対し偽証を教唆したとの事実は無根であることを立証するあらたな資料としての意味を持つものと解せられるのであるが、鳥飼の原審における証言並びに検察官に対する昭和三十五年四月二十一日付、同月二十五日付、同月二十七日付各供述調書によれば、前記上申書記載事項は、原判決も肯認するとおり、鳥飼の経験記憶にない虚構の事実であり、右上申書は、同人が検察官から上申書を提出するよう求められたのでその旨及び該上申書作成の資料としたい旨を被告人に告げたうえ、さきに被告人の依頼により伊能弁護士に渡しておいた上申書を被告人を通じて借り受け、これを基にして要約したうえ作成したもので、伊能弁護士に渡した上申書なるものは、要するにあらかじめ被告人が用意したタイプ印書した文書を筆写したものにほかならないというのであつて、押収してある右上申書(東京高裁昭和三八年(押)第六七九号の五及び一三=原審押収番号昭和三六年第四三号の五及び一三)二通の形式内容を案じ、既に説明した被告人の山岡昌夫に対する偽証教唆の公訴事実に関し当審の認定した諸般の情況事実(右認定の基礎となつた各証拠を含む)を合わせて考えると、前記趣意を述べた鳥飼の公判における証言並びに検察官に対する供述の信用に値するものであることはいうまでもなく(同人の右証言ないし供述中昭和三五年一月末ごろ被告人から再審請求書というものを見せられたとある点については、伊能弁護士の原審証言等により裁判所に提出した再審請求書のタイプ印刷のでき上つたのが同年二月十日であることが認められることと対比し、もし鳥飼が見せられたという再審請求書が裁判所に提出されたそれを意味するとすれば、鳥飼の述べるところは真実に反するということにならざるを得ないけれども、その場合鳥飼のその点の供述は記憶違い等何かの間違いに基づくものというほかはなく、――その他についても日時場所等細部については必ずしも記憶の正確を期し難いものがあると思われるのはやむを得ないところである――、鳥飼は、再審請求書を見せられたということと別に、被告人からタイプに打つた原稿を伊能弁護士に渡した上申書作成前に見せられたという趣意を原審公判において検察官及び弁護人の再三の尋問にかかわらず繰り返している――弁護人の反対尋問による最終段階において「上申書を書く前にタイプのものを見たという記憶ははつきりしないのでしよう」という尋問に対し「はい」と答えているが、右はそれまでの証言の経過に徴し証人の真意に出た供述とは認め難いのであるから、前述の再審請求書を見せられたという供述があるからといつて、当審が信用に値するとした供述部分まで措信することができないという理はない。)。ひつきよう昭和三十五年一月ごろから鳥飼の検察官に対する本件上申書提出にいたるまで同人と関係のあつた被告人の一切の行動は山岡昌夫に対する偽証教唆活動と一連の計画に属するもので、公訴事実にあるとおり、鳥飼の右虚偽事実を記載した上申書提出は被告人との共謀に基づくものと認定するのが相当である。この点に関し、被告人に右虚偽事実の記載についての認識があつたとは認められないとする原判決の説明する理由が全く理解し難いものであることは、山岡昌夫に対する偽証教唆の公訴事実に関する場合と同様であり、当審の前記認定を左右すべき信ずるに足る証拠は他にない。

してみれば、本件公訴事実もまたその証明十分であるにかかわらず、前述の理由により無罪の言渡をした原判決は重大な事実の誤認を犯したもので、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

よつて、検察官の控訴はすべて理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第百条但書に従い当裁判所が更に判決する。

(罪となるべき事実)

第一被告人は、昭和三十五年二月十一日、さきに確定した被告人の高橋清男に対する偽証教唆事件についての有罪の確定判決に対し、千葉地方裁判所に再審請求をし、右再審請求事件につき、同年三月二十五日弁護人の申請により証人山岡昌夫の尋問が行なわれることになるや、山岡昌夫をして虚偽の証言をさせて右事件を自己に有利のように導こうと企て、右証人尋問期日の前日である三月二十四日船橋市湊町三丁目二千四百二十四番地武村産業株式会社において、山岡昌夫に対し、それが真実でなくかつ山岡の記憶に反することであることを知りながら、かねてより同人に依頼しておいたとおり、

(一)  昭和二十五年夏ごろ船橋市内新地入口付近において、当時船橋警察署勤務捜査係刑事であつた石塚孝父に会い、同刑事から「武村(被告人)を検挙する資料を提供してもらいたい。」と言われ、武村が偽造していた印鑑を手帳に押し、そのころ同刑事にその手帳を渡した。

(二)  昭和二十七年七月ごろ船橋市本町五丁目印判業高橋清男方に立寄つたところ、同人から「武村に頼まれて印鑑を作ったのはいつごろだろうか。」と尋ねられたので、「それは十一月か十二月の二十四、五日ごろだろう。」と答えた。

(三)  昭和二十七年八月初ごろ船橋市内新地入口付近において、前記石塚刑事に会つたところ、同刑事から「これを高橋清男に届けてくれ。」と言われ、名刺を一枚手渡されたが、その名刺の裏面には高橋あてに「武村に頼まれてうその証言をしたと申し立てろ、読んだら名刺を破れ。」と書いてあり、その名刺を高橋に届けた。

(四)  昭和二十七年十一月ごろ船橋市内において、前記石塚刑事に会つた際、同刑事から「高橋は法廷で証言を渋つているので今行つて知恵をつけてきた。お前も高橋に会つたら知恵をつけてくれ。」と言われた。

(五)  昭和三十五年二月ごろ船橋市京成船橋駅前において武村敏子に会い、同女に対し石塚刑事の話をした。

(六)  武村とは昭和二十六年ごろから一度も会つていない。

という趣旨の証言をするように依頼し、山岡昌夫をして右虚偽の証言をする決意をさせたうえ、同二十五日千葉市吾妻町三丁目千葉地方裁判所において裁判官香取嘉久男に対し、証人として宣誓のうえ前記(一)ないし(六)の趣旨の虚偽の陳述をさせ、もつて偽証を教唆し、

第二被告人は、昭和三十五年一月十八日千葉地方検察庁に高橋清男を偽証罪をもつて告訴し、同庁において捜査中の同人に対する偽証被疑事件につき、かねて協力方を依頼していた鳥飼太三郎が参考人として検察官から上申書の提出を求められたことを知るや、右告訴を有利に導くため、鳥飼と共謀のうえ、同人名義の内容虚偽の上申書を同庁に提出しようと企て、同年二月二十八日ごろ船橋市宮本町一丁目五十四番地の右鳥飼方において、同人をして

(一)  鳥飼は、昭和二十七年七月ごろ、船橋市本町五丁目の印判業高橋清男方において武村清次と会つたが、武村は高橋に東京高等裁判所への出頭方を依頼しただけですぐ帰つて行つた。

(二)  鳥飼は、同年八月ごろ、再び前記高橋方へ行つたところ、高橋は、「裁判所で、武村から依頼されて印判をほつた日時を調べられたが、その日時が判然とせず、武村の使用人からそれは二十四、五日ごろだと聞いていたので、そのように証言したら、間違つていたので警察に逮捕された」旨述べていた。

との趣旨の虚偽の事実を記載した鳥飼太三郎名義の上申書一通を作成させ、翌二十九日千葉地方検察庁において、同庁検察官に対し右上申書を提出させ、もつて前記高橋清男にかかわる偽証被疑事件についての証憑を偽造使用し

たものである。

(証拠の標目) <省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為中偽証教唆の点は刑法第百六十九条、第六十一条第一項に、証憑の偽造、同使用の点は各同法第百四条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六十条にそれぞれ該当し、証憑の偽造と同使用は手段結果の関係にあるので同法第五十四条第一項後段第十条により一罪として処断することとし所定刑中懲役刑を選択し、これと偽造教唆とは同法第四十五条の併合罪であるから、同法第四十七条本文但書第十条により重い偽証教唆罪の刑に併合罪の加重をした刑期の範囲内において被告人を懲役十月に処し、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担と定める。

なお、弁護人は、被告人が鳥飼太三郎と共謀のうえ同人名義の内容虚偽の上申書を作成しこれを検察官に提出したとの事実は、刑法第百四条にいう証憑を偽造使用した場合にあたらないのであつて、罪刑法定主義に従つた解釈によれば、罪となるべき事実ではないとし、いくつかの判決例を引いてそのゆえんを論じているけれども、刑法第百四条は、捜査裁判等国の刑事司法の作用が誤りなく運用されることを期して設けられた規定であることは明らかであるから「同条にいわゆる証憑とは、刑事事件が発生した場合捜査機関又は裁判機関において国家刑罰権の有無を断ずるに当り関係があると認められるべき一切の資料を指称し、あらたな証憑を創造するのは証憑の偽造に該当する」とした昭和十年九月二十八日の大審院判決(判例集一四巻九九七頁)の趣旨に照らし、かつたとえば「民事原告である被告人の虚偽の請求を民事被告が認諾した旨記載した口頭弁論調書のようなものは、同被告人の犯罪の成否態様を判定する資料たるべき物的材料であることはもちろんであつて、右民事被告が情を知らない裁判所書記を利用しこのような虚偽の内容を有する口頭弁論調書を作成させるのは、いわゆる証憑を偽造したものとなすを妨げない」とした昭和十二年四月七日の大審院判決(判例集一六巻五一七頁)の旨意にかんがみるときは、所論のようにたとえ虚偽の内容を記載した文書の作成名義にいつわりがなく又その文書の作成が口頭による陳述に代えてなされた場合であるとしても、本件のように参考人が虚偽の内容を記載した上申書を作成しこれを検察官に提出すれば、刑法第百四条にいう証憑を偽造使用したことになると解するのが、判例にしたがい現実に即した妥当な解釈といわざるを得ない(昭和三十四年六月二十日東京高等裁判所第十刑事部判決及び昭和三十六年七月十八日同裁判所第六刑事部判決参照)。所論引用の大審院判決及び最高裁判所判決はいずれも単に証人の虚偽の陳述は刑法第百四条の罪を構成しないことを判示したに過ぎず、又同下級審判判決は異る見解に出たもので採用のかぎりではない。よつて主文のとおり判決する。(足立進 栗本一夫 上野敏)

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